1分子電流でL型・D型アミノ酸を識別 隕石・火星類似環境で宇宙生命探査への有用性を実証

多くのアミノ酸には、右手と左手のように鏡に映した形をしていながら、重ねることのできない「L型」と「D型」があります。ところが、人間をはじめとする地球上の生命がタンパク質をつくる際に使うアミノ酸は、ほぼL型に偏っています。生命がなぜL型を選択したのかは、未解明の謎の1つです。この性質は、生命誕生の過程を解き明かす手がかりであるとともに、地球外生命の痕跡を探す指標の候補としても注目されています。

火星類似環境として知られるチリのアタカマ砂漠
本研究では、マーチソン隕石や、火星類似環境として知られるアタカマ砂漠の試料を分析し、宇宙生命探査への応用を見据えた技術の有用性を実証。写真は、研究チームの撮影した、チリのアタカマ砂漠。

大阪大学産業科学研究所の大城敬人准教授、谷口正輝教授らと、ジョージア工科大学、NASAゴダード宇宙飛行センター、シカゴ大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)などで構成する国際共同研究グループは、生命の起源を探る上で重要な「L型・D型アミノ酸」を、1個のアミノ酸が生み出す微弱な電流波形から識別することに成功しました。

さらに、生命起源研究に関わる実試料へ技術を応用し、マーチソン隕石や、火星に似た極限環境を持つアタカマ砂漠の試料を分析することで、その有用性を実証しました。

研究成果は、米国科学誌『Nature Communications』に2026年10月5日(月)付で公開されました。また、10月13日(火)11時30分から、大阪大学中之島センターとオンラインで記者発表を行います。一般の人は参加できません。

目次

記者発表

日時2026年10月13日(火)11時30分~
会場大阪大学中之島センターおよびオンライン
注意事項一般の人は参加できません。
大阪大学産業科学研究所 谷口正輝教授
登壇者谷口 正輝(たにぐち・まさてる)教授
所属大阪大学 産業科学研究所 バイオナノテクノロジー研究分野
専門領域ナノテクノロジー、1分子科学

研究のポイント

  • 生命の起源を探る上で重要な「L型・D型アミノ酸(※1)」を、従来の大型装置で多数の分子を一括分析する方法とは異なり、1個(1分子)のアミノ酸が生み出す微弱な電流波形から識別することに成功しました。
  • 地球外有機物を含むマーチソン隕石(※2)や、火星類似環境のアタカマ砂漠(※3)を分析し、技術の有用性を実証しました。
  • 重量、サイズ、消費電力、耐振動性などに厳しい制約がある宇宙探査機への搭載に向け、小型で高感度な電気式宇宙生命探査装置の実現に道を拓く基盤技術です。

研究の概要

多くのアミノ酸には、右手と左手のように鏡に映した形でありながら、重ねることのできない「L型」と「D型」があります。しかし、地球上の生命がタンパク質をつくる際に使うアミノ酸はほぼL型に偏っており、生命がなぜL型を選んだのかは解明されていません。L型とD型の偏りは、生命誕生の過程を探る手がかりであり、地球外生命の痕跡を調べる指標の候補でもあります。

研究グループは、1個(1分子)のアミノ酸分子が金のナノギャップ(※4)を通過するときに流れる量子トンネル電流を測定し、その電流波形を機械学習で解析することにより、アミノ酸のL型とD型を識別する技術を開発しました。

L型またはD型の偏りだけで生命の存在を断定できるわけではなく、他の分析結果と組み合わせた評価が必要です。一方、今後「分子が存在するか」だけでなく、「どの分子か」、「L型かD型か」、「どのくらい存在するか」を1分子ずつ電気的に読み取る装置へ発展すれば、火星や氷衛星、小惑星などの試料から、生命や生命誕生前の化学反応の痕跡を調べる新たな分析手段になることが期待されます。

谷口正輝教授のコメント

生命がなぜL型アミノ酸を選んだのか、そして宇宙には生命につながる分子の痕跡が存在するのかという大きな問いに、1分子の電流から迫れる可能性を示しました。今後は複雑な実試料での精度をさらに高め、小型で信頼性の高い宇宙生命探査技術へ発展させたいと考えています。

研究の背景

分子には、右手と左手のように、互いに鏡像でありながら重ね合わせることのできないものがあります。この性質を「キラリティ(※5)」と呼びます。タンパク質を構成するアミノ酸にもL型とD型がありますが、地球上の生命は主にL型アミノ酸を利用しています。その一方で、生命が関与しない化学反応によってアミノ酸がつくられる場合、一般にL型とD型はほぼ同量生じます。

そのため、宇宙で見つかったアミノ酸がL型とD型のどちらに偏っているかを調べることは、その有機物がどのような過程でつくられたのかを考える上で重要です。これまでキラリティを調べるためには、偏光を利用した光学測定や、キラルな分子を使ってL型とD型を分離する方法などが使われてきました。将来、火星や氷衛星などの探査機上で分析を行うには、小型で高感度であり、できる限り複雑な光学系や反応操作を必要としない分析技術が求められます。

研究の内容

研究グループは、2本の金電極の間に約0.5ナノメートル(ナノは1メートルの10億分の1)の隙間(ナノギャップ)をつくり、そこを1個のアミノ酸が通過した際に生じる微弱な電流波形を測定しました。AIで波形全体を解析することで、19種類すべてのキラルアミノ酸について、L型とD型を高い精度で識別しました。

さらに、極低濃度のアミノ酸の検出や、複数のアミノ酸が混ざった試料の組成推定にも成功しました。また、地球外有機物を含むマーチソン隕石と、火星類似環境であるアタカマ砂漠の実試料でも主要なアミノ酸組成を捉え、従来のLC–MS分析(※6)と共通する傾向を確認しました。ただし、成分ごとの定量値やD/L比には差もあり、実用化に向けてはさらなる精度の向上が必要です。

研究成果が社会に与える影響

本研究では、分子の「左右」を、光ではなく電流によって1分子ずつ読み取れることを示しました。特に宇宙探査では、装置の重量、サイズ、消費電力、耐振動性などに厳しい制約があります。電気式の検出技術は大型の光学系を必要とせず、標識分子やキラル認識分子も使わないため、将来的な分析装置の小型化・簡素化につながる可能性があります。

今後「分子が存在するか」だけでなく、「どの分子か」、「L型かD型か」、「どのくらい存在するか」を1分子ずつ電気的に読み取る装置に発展すれば、火星、氷衛星、小惑星などの試料から、生命や生命誕生前の化学反応の痕跡を調べる新しい分析手段となることが期待されます。その一方で、実際の宇宙探査へ搭載するには、未知物質を含む複雑な試料への対応、汚染管理、定量精度の向上、宇宙環境での装置検証など、さらなる研究が必要です。

論文情報と研究支援

掲載誌Nature Communications(オンライン)
掲載日2026年10月5日(月)
論文タイトルChiral discrimination of amino acids in meteorite and desert soil extracts via single-molecule nanogap conductance
著者Takahito Ohshiro, Yuki Komoto, Takayuki Takaai, Takeshi Yoshida, Takashi Washio, José L. Ramírez-Colón, Hannah L. Mclain, Daniel Duzdevich, Maria T. Zuber, Christopher E. Carr, Masateru Taniguchi
DOI10.1038/s41467-026-77947-6

本研究は、JST経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)、NASA-PICASSOの一環として行われ、マサチューセッツ工科大学のM. Zuber教授、ジョージア工科大学のC. Carr教授の協力を得て実施されました。

用語説明

1 L型・D型アミノ酸

互いに鏡像関係にあるアミノ酸。地球上のタンパク質を構成するアミノ酸は、主にL型です。

2 マーチソン隕石

1969年にオーストラリアに落下した炭素質隕石で、アミノ酸を含む多様な有機物が見つかっています。生命の起源や太陽系初期の化学進化を研究する重要な試料として知られています。本研究では、米国スミソニアン国立自然史博物館が所蔵するマーチソン隕石の試料を分析しました。

3 アタカマ砂漠

南米チリ北部に広がる、世界で最も乾燥した地域の1つです。極端な乾燥、強い紫外線、塩分や酸化性の高い土壌など、火星表面と共通する環境条件を持つことから、火星環境の類似地として広く研究されています。生命が存在できる限界の研究や、火星で生命の痕跡を探すための分析装置・探査技術の試験にも利用されています。本研究では、アタカマ砂漠の土壌から抽出したアミノ酸を使い、ナノギャップによる単一分子分析を行いました。

4 ナノギャップ

2つの電極の間につくられた、ナノメートルサイズの微小な隙間のことです。

5 キラリティ

右手と左手のように、鏡に映した形同士が完全には重ならない性質。同じ化学式を持っていても、L型とD型という異なる鏡像体が存在します。

6 LC–MS分析

液体クロマトグラフィー質量分析。試料に含まれるさまざまな成分を分離し、その質量を測定することで、物質の種類や量を調べる分析手法です。アミノ酸のL型・D型の比率を調べる際にも使われる代表的な手法の1つで、一般に大型の分析装置を必要とします。

BioJapan2026出展情報

期間2026年10月7日(水)~10月9日(金)
イベント名BioJapan2026
小間番号A-43
URLhttps://jcd-expo.jp/jp/

参考URL

谷口正輝教授 研究者総覧https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/97549af6bd6f5e89.html
バイオナノテクノロジー研究分野(谷口研究室)https://www.bionano.sanken.osaka-u.ac.jp/
大阪大学産業科学研究所
宙クリップ

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